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「偶然性の問題」

偶然が人間の実在性にとって核心的全人格的意味を有つとき、偶然は運命と呼ばれるのである。・・・・無をうちに蔵して滅亡の運命を有する偶然性に永遠の意味を付与するには、未来によって瞬間を生かしむるよりほかない。未来的なる可能性によって現在的なる偶然性の意味を奔騰させるよりほかない。 九鬼周造「偶然性の問題」

その日のうちに

知らない土地の列車に揺られていた。海沿いをゆく単線だ。平日の通勤時間帯にもかかわらずぽつりぽつりと空席があり、都会のそれとはずいぶん趣きが違う。乗客も気持ちに余裕があるのか一様にのんびりしていて、知らぬうちにこちらの気分まで緩んでしまう。準急も快特もない各駅停車のみの路線だからめいめいの駅で人が乗ってくるが混み合うほどではない。対向車両とすれ違うタイミングをはかるために駅で停車すると、静かな波の音がエンジン音の向こうから聞こえてくる。 撮影行ということでカメラを手にしてはいるが、目はただ事物を消費するためにあるのではないと開き直り、特に被写体を探そうともせず、古びた座席にぼんやりと腰掛けていた。まだ見ぬ撮影対象を血眼で探していた20代の頃のことを思うと、初めての景色に好奇心を抱かないというのはいささか問題があるようだが、その理由には心当たりがあった。 ちょうどその土地へ渡る直前、思い立って過去の作品の整理に手をつけた。数万カットのネガを光に透かしながら無用なカットをひたすら棄てていくという、当時の自分を裏切るようないささか気の重い作業を、すべてを持ち越すことなどできないのだと割り切って進めていった。ファイルの嵩はどんどん減り、気がつけば足下のゴミ袋には、ゆくあてのない風景が掃き集められた落ち葉のように雑然と高く積み上げられていた。なるべく感傷的にならないように気をつけてはいたが、そうやって一枚一枚のネガを閲していると、当時の熱量が図らずも蘇ってくる。 スタートもゴールも曖昧なまま、ひたすら知らない街へ出向いてはあてずっぽうに歩きまわり、大量に撮影する。部屋に戻ったら窓にダークカーテンを巡らして現像し、徹夜もいとわずプリントする。作業途中、現像液もそのままに仮眠のつもりで横になると、疲労に飲み込まれて気絶するように眠りこけてしまうこともしょっちゅうだった。 この時期の写真群はただ写真を作るということが第一の目的になっているので、そこに要不要の判断を持ち込もうとすると、自分の中でだんだん混乱が生じ、なにが良い写真で、どれが駄目な写真なのか分からなくなってしまう。ゴミ袋の中の膨大な風景を前に、これはいったいなんだ、なんのための行為だったんだ、と考え込んでしまった。 きっと写真依存症だったのだろう。本人はなんのために、という疑問を置き去りにして写真を撮り続けているのだから、当時の自分に疑義を問うても詮ないことなのだが、写真が生成するサイクルと生活サイクルのあいだに少し距離ができつつあるこの頃の自分を省みると、写真と一緒に転がり続けていたあの頃に味わっていた飢餓感や狂おしさが懐かしい。そしていつからか、その狂おしさを我が身に含みこむようになり、それまでとは別の仕方で対象を捉えるようになってきたことに思い至った。 窓外の景色にほとんど興味を失い、徐々にものを思うことが少なくなり、感覚が澄んでゆく。瞳孔がくっきり開いたような気がしてふと窓の向こうへ目をやれば、内海のせいか波が穏やかで、トプン、トプン、という音に触れることができるようだ。遠くの山や、隣りに座る人の整髪料の匂い、車内アナウンス、自分の首の軋み、まわりのどれもが確かにそこにあるにもかかわらず不確かになっていく、そんな緩んだ意識に揺られながら、やはり変わってきているなと確信する。 どうやら自分の中のある領域を明け渡しているようだ。このようである、という戦慄するような静けさが、私がある、という感覚と寄り添いはじめている。これまでいつも、現実に遅れをとっているように思われて焦燥感に駆られ、無闇にエンジンの回転数を上げて空回り、なんてことの繰り返しだったので、あたかも自分が透明になってしまったかのような現実との距離感がとても不思議で、貴重なものに感じられる。 そんな感覚の変化がどこか他人事のようで戸惑っている最中に、終着駅のアナウンスを聞いた。列車の速度が落ちて乗客が三々五々降車の支度を始めると急に現実へ引き戻される。そして駅に着けばまたいつものように、スタートもゴールもない撮影のためだけの歩行がはじまる。でも、以前とは対象に求めるものが違ってきている。ずっと確信だけを求めていた体が、シャッターを落とした瞬間に向こうから返ってくる違和に耳を澄ますようになってきている。 なにはともあれまずは高見だ。坂を上って港を見渡し、谷戸へ下る。地元の方に話しかけられる。戦争の話。墓地では所縁ある墓を案内される。数十年前のこと。古い遺跡を訪れると説明を受ける。数百年前のこと。めいめいの場所で写真を撮ったり撮らなかったりしつつ、垂直方向の時間の中を渡りながら、私も被写体もただそこにあるという瞬間を重ねていく。あの尾根の向こうでは原爆が炸裂したそうな。 ずっと、制作における被写体のテーマを設定せずに、ただ写真を作ることを目指して繰り返し写真を撮り続けてきた。その折々に心がけているのは、目の筋肉を鍛えること。理論やスタイルに頼らずとも写真で写真を構築する力を養うことだ。そのせいだろうか、時折行きずりの人に「なにを撮っているんですか?」と尋ねられるとつい「写真を撮っています」と返してしまう。考えてみればおかしなやりとりだが、こちらとしては他に答えようがない。まったくバカには写真は撮れないけれど、バカにならないと写真は撮れないな、と尾根を伝いながら思う。 何時間も行き当たりばったりに歩きまわった末、谷戸を川沿いに抜け、海へ出る。もう足が痛い。頭の奥が痛んで何も考えられない。斜陽のなか少し粘るが、疲れてくると途端に写真も駄目になる。諦めて駅へ帰る。ホームでビールを呷ってから乗り込む帰りの車中、身も心も気怠い現実にすっかり支配されて、暗くなってゆく海を眺め続けた。まるで全身が一枚のレンズになったかのような海だ。 ずっと旅は嫌いだったが、これだけ意識を更新する契機となるのなら、もっと積極的に出るべきかもしれない。 様々な技術が試されて、様々な商売が繰り広げられる。目新しいものに驚いたり、繰り返されるスタイルに意味を見出したりする。そんなサイクルの中では、いつもなにかしらの意味や価値を消費することが求められている。しかし写真にはそうでない道もある。 役に立たなくてもいい。うまく意味を見出せなくてもいい。我々がまず第一にすべきは意志を示すことだ。このようであるという事実に寄り添い、ここではない場所へ導こうとする意志を。限定された時間のなかで、無限に広がる世界を相手に、写真という人工的な手段を用いて意識と身体性を拡張し、そこに意志や理想を体現するという不可能性に賭けるのだ。  

2015/6/16

実家暗室。関東に暗室を確保できず生家の一室を作業場にしている。 今回の作業は近作のワークプリントを作るのが目的なので展示前に駆け込むような慌ただしさもなく一枚一枚の上がりをゆっくり確かめる余裕があって、それほど厳密にトーンを追求せずネガを選ぶことができるから、伸ばし機に挟んだネガを光源に晒して惑ったり、現像液を揺らす手先でここしばらく確かに思われていたカットの価値をあやふやにしたりする愉しみを味わえた。おなじような道を逆に辿るようなことだが、モニタの段階ではばたついていたイメージが紙へ乗ってやっと腹に落ち、その一点からのびのびと生きはじめることは少なからずありその度に、制作には遊びが必要だなとあらためて思った。 不覚なのは暗室に入る頻度が落ち目が弱くなっていること。画像を消費する身振りに任せてモニタでトーンを操作した印象が強く、現像液から浮かび上がる像の静かな移ろいを頼りなく感じてしまう。目の弱さを背負うべく作品の性格に応じて手段を使い分けることも考えはじめた。 鑑賞する立場から言えば、銀塩と出力の差は目を凝らすかどうかの違いで、距離を置いて画像の意味を理解するのであれば出力に分があるが、さらに一歩踏み込んでも説得力があるのは銀塩。その説得力を必要とするかしないかの差。簡単な差。 紙はFotokemika.Emaks の2、3、4号を適否を問わず使う。普段はイルフォードの多階調とZONE Ⅵのヘッドだが今回は手持ちの号数紙で済ませた。生産が止まった製品に対する醒め。リスプリントが持続可能であればまた違ったのだが。 現像液はすべてeco-pro.  銀塩モノクロプリントをする友人にはいつもこのメーカーのNewtral Fixerを勧めている。他はともかく定着液だけは硬膜剤を使用しないこれがいい。体への負担が少なく水洗効率も高い。 フェリシアン化カリウムでさっと白を飛ばし、仕上げの水洗促進液にKodakのセレニウムトナーを少々含ませて黒を引き締めるが、もともと銀塩のトーンを盲信するタイプではないのでほとんどおまじないのようなもの。 あいまに頼んだ薬品の配達が遅れ久しぶりに集中して小説を読むことができた。自主ギャラリー関連で動物的になっていた頭を糺すことができ、時間を愛すること、自分に素直になることの大切さを思い出す。無理なら無理。やりたいようにやる。 ずっと興味があるのは、写真が切り取る現実と写真自体が生み出す現実が混ぜ合わさる場所を構築する作業。対象の再現から生まれる写真が、フィクションの領域に片足を突っ込みつつ、自身の佇まいを持つようになる過程。一見ぐらぐらしていて頼りないが、美しさってそういうものだ。今回ものになるのは5カットほど。豊作。      

2015/5/23

昨夜、思い立ってさきの震災で暴れた津波の画像を見たせいで眠れなくなる。 それでもおチビは朝日とともに目覚めて、布団に飛び込んでくる。 幼稚園の参観日から横浜にまわるも、日に灼かれたチビがダウン。一巡りして帰宅、小休止。 夜は再び新宿。みないい作家だった。

2015/5/22

フィルム現像 収穫 4×5 67 69 潜像をおおむね立ち上げる。編集と撮影を並行してゆくこと。 新宿にて自主ギャラリー打ち合わせ。

2015/5/19

特別養護老人ホームへ。各々の時間の中にいるお年寄り。自分の身振りや息遣い、視線の角度をできるだけ滑らかにする。

2015/5/16

朝は雨。昼をまわって曇りの市ヶ谷。坂本さん、湊さん、白岡さんと面談。 自主ギャラリーの可能性を探る午後。ルノアールでコーヒーを飲んで、カロタイプでお茶をいただき、駅前のイタリアンでビールを一杯、恵比寿の中華で紹興酒。グレープフルーツの酎ハイを指にかけて家に帰る。写真家が信念を持って生きて行ける場所を作りたいと思う。酒はほどほどに。

LEWIS BALTZ

これまで、同時代の写真家がその都度死んできたが、特に思うことはなかった。彼らの人生にさして興味はないし、基本的に作品が残れば十分だと考えている。 だから、今度のボルツの死に打ちひしがれる自分の心情に驚いている。 生き続けて、写真家として制作を続けていればいつか、彼に会えると信じていた。 そして「あなたの作品が私の方向性を決めてしまいました」と言うのだ。 パークシティで立ち上がった黒い煙が狼煙。 写真は世界そのものでもありうる。 私にとってのあなたの作品は、存在の豊かさを信じ、それを証明するという人間の意志が表現された、どこまでもヒューマニスティックな湿度に満ちた、ただの矩形だと映ります。ただの矩形がおさめる事象が、ただそのものと、すべて、を同時に現すことができると教わった。 同時代のアーティストが死ぬ時に、体の一部がもがれるような気持ちになったのはあなたがはじめてです。つまりあなたは私の一部をかたちづくったということです。涙を流しています。感謝しています。あなたは私にとって写真の父です。ありがとう。さようなら。ありがとう。さようなら。ありがとう。

浅見貴子「光合成」ART FRONT GALLERY / 馬場まり子 展 藍画廊

久しぶりにのんびり画廊をまわる。といっても目当ての展示は二つだけなので、あいまに撮影したとしてもすぐに終わってしまう道行きではあるけれど。前日に勤め先の会社を離れたせいか、暑くも寒くもない気持ちのいい日和のせいか、こそばゆいような浮遊感。あいかわらずお金はないけれど、どのようにでもかたちを変えることができる時間のなかで気持ちに余裕が生まれているのだろう、街の陰影や、車中の人々のふとした仕草にも興味関心が湧く。誰にでも心が遊んでいる時間は必要なのだ。 代官山の浅見の展示は、ここ数年の成果をつつがなく壁面に配置してあり安心感があった。しかしそこに描かれている木々の扱いに注意を払えば、それぞれの作品において具象性の水準を注意深く変化させているのがよくわかる。その場所で、その時の光に包まれてある目の前の木に、その都度対応して描くという真摯な態度に息が漏れる。私が惹かれたのは、木々の具象性と絵画としての具象性が拮抗するような作品だった。 居合わせた浅見さんに会釈して銀座の藍画廊へ移動。馬場まり子展。私はあまり他人の展示を見るほうではないので(数えたことがないのでよく分からないけれど、美術館やギャラリーへ足を運ぶのは、一年を通しておおよそ30回ほどではないだろうか)全体を語れるような立場ではないのだが、概ね作家はなにごとか伝えるべきこと、表現したいことをかたちにすべく作品を産み出し、見る側はそれを理解しようとする。程度の差こそあれ、そういった作業がうまくいくいかないということが問題となるわけだが、私の見ている範囲の狭さを差し引いたとしても馬場まり子はそういった”表現の首尾”をはかる規格の外にいる作家だとはっきり言える。毎回あいた口がふさがらないのだが、今回は特にそうだった。絵を見て、それを言語化する必要を感じないのだ。そうなんだよね、とか、うわ、とか、なんだこれ、とかつぶやきながら、眉を寄せたりニヤリとしたり、顎を突き出したり首を傾げたりする。それだけで心がほぐされて、生き返るようだ。 人が生きて、たくさんの時間の流れが結節し、変容し、像をなしつつ新しい関係を求めてゆく、そんな生々しい場所として馬場の作品はある。次回も楽しみだ。

清水あすか「夜時化る。」

うすいベニヤを箱に作って青い時化を囲っている。 湿ってだぶついた段ボールにも、夜電信柱につながれた山羊が入ってる。 外灯下羽虫点、ガードレールの 冷たさ。手に付く粉と、板も段ボールも冷えて。 山の上から渡ってくる、抱えるほど大きな蛇腹の排水管を下って (それは実際入るというより「そのつもりになって」蛇腹の外側に手をかけることになる) 夜に下りて行ける。おびただしい色の集合としての黒は 死んでいくとは夜になる所作だと示すだろう。 そこで会う、今はない人に 足裏から掻きずる海鳴りで叫ぶだろう。 身体に抱きついたまま 首を歯で噛みつくだろう。ことばはもう 色を重ぶたせ過ぎたから。足を何度も 踏み鳴らし踏みつけ、この 夜底こそ時化。 わたしは水気で重い段ボールから山羊をこぼさないし、 白波はベニヤ板からあふれない。それは 身体の線から外へは出ないで、指の先 白くしたまま山の道、出くわす山羊と排水管。 髪は青く、今は