鈴木大拙「日本的霊性」より

精神または心を[物質]に対峙させた考えの中では、精神を物質に入れ、物質を精神に入れることができない。精神と物質との奥に、今一つ何かを見なければ’ならぬのである。二つのものが対峙する限り、矛盾・闘争・相克・相殺などいうことは免れない。それでは人間はどうしても生きてゆくわけにはいかない。なにか二つのものを包んで、二つのものが畢竟ずるに二つでなくて一つであり、また一つであって二つであるということを見るものがなくてはならぬ。これが霊性である。今までの二元的世界が、相克し、相殺しないで、互譲し、交歓し、相即相入するようになるのは、人間霊性の覚醒にまつよりほかないのである。いわば、精神と物質の世界の裏に今一つの世界が開けて、前者と後者とが、互いに矛盾しながら、しかも映発するようにならねばならぬのである。これは霊性的直覚または自覚によりて可能になる。