大きな火に寄って顔を炙る。広場をジグザグに駆ける。
酔った夫に暴力を振るわれる。大きくなるのが嫌だ。
あの飛行機には誰が乗っているの。今ってなんなの。
家の前では大きな声で話さないで。お母さんが怖いから。
もう死んでいく。何度も行ったり来たりする場所。時々鳴く。
すくめた肩を背に光のない花火が上がる。
その由来が何であれ、欲望、快楽、呪詛、怨念を垂れ流すすべとして「芸」があるのなら、
「美」にも用がある。それは人間のための様式ではなく、あらゆる存在に資するための舞のようなものだ。
「くだらない」「全く関心が持てない」「つまらない」「意味がない」とつぶやきながら、そこに美を見出すこと。三つあるものを、二つのもののように取り扱う。それがすべてである。
最初から媒体を問題とすることの無益。
ただ何かがある、あるいは、ただ何もない、ということにしか興味がない。