今夏の渡欧を簡単に記録しておく。イギリスはランカスター、ロンドン。ドイツへ移ってケルン、フランクフルト、ベルリン。スイスのチューリッヒからツェルマット、ジュネーヴ。フランスではパリに滞在した。今回の主な目的は現在制作中の「Dance with Blanks」に厚みを持たせることだったので、美術館やギャラリーを訪れることは少なく、多くの時間を撮影に費やした。英語もドイツ語もフランス語も相変わらずからっきしだけど、二、三日休んだ以外はほぼ毎日歩き回り撮影したし、街から街への移動は全て電車かバスだったので、よくも悪くも現地の雰囲気に馴染んできたように思う。
ランカスターはイギリス北部の地方都市ということもあり、穏やかな運河がくねり、牧場の緩やかな起伏がうち続く長閑さ。撮影のために遊歩道をそぞろ歩いていると、すれ違う人が笑顔で挨拶してくれる。湖水地方であるケンダル、ウィンダミアへも足を伸ばす。ケンダルの丘の上にある朽ち果てた古城を囲む低い山々へ続く草原、眼下の川とそれを挟む灰色の街並みの優しい一体感が印象に残った。
これまで日本でも振替輸送を経験したことがなかったのだが、まさかイギリスで経験するとは思わなかった。熱波の影響とかで散々遅延した挙句、やっと乗り込んだ電車が途中で休止。ワラワラと行列を作ってバスへ乗り込んだ。あまりに正確な日本の電車運行に慣れきった意識には堪えるが、現地の人はいつものことといった風情で特に不満を漏らす人もいない。
ロンドンもケルンも尋常じゃない暑さで、欧州で温暖化への危機感が高いのは、もともと環境問題への関心が強いだけでなく、身に迫る切実さもあるのだ。特に7月末のケルンは昼間外を歩くのは危険なほどの気温だったため撮影をしばし中断したほど。それでも暑さが落ち着いてからは、緯度の高さゆえ夜9時過ぎまで明るく撮影にはうってつけ。来年のドイツ滞在では、夏に特に集中して撮影したい。
ベルリンでは写真家の小島君や河合さん、評論家の結城さんとお会いする。小島君とはNY以来だから10年ぶりだろうか。小島亭の庭で結城さんの息子と遊んだ。また東ベルリンに残る共産圏の雰囲気に触れられたのも嬉しかった。街に看板が少なく、空間が広く取られているため不思議と開放的な気分になる。東欧への興味も湧いてきた。
ドイツから延々電車に揺られ、チューリッヒ湖畔の美しい街並みに溜め息をつく。物価の高いスイスに移動してからはますます粗食傾向に拍車がかかり、ソーセージ、ジャガイモ、ビールで食いつなぐことに。ツェルマットでは氷河越しのマッターホルンを眺めるかと登山列車に乗ったのだが、スイスパスを併用しなかったので想定外の運賃がかかってしまう。次回の訪瑞では忘れずにパスを購入すべし。ジュネーヴへ近づくにつれて周りで聞こえていたドイツ語が徐々にフランス語に移ってゆき、街並みもフランスっぽい様式に。初めてのパリ。
パリは誰に聞いてもあそこは特別な街だとの答えが返ってくる。それを実感したくて、ここでもとにかくセーヌの岸辺を中心歩き回った。宿をとったモンマルトルでは思いがけずアジェがかつて撮影したムーランルージュの風車に遭遇、郊外のラ・ディファンスでは白岡さんの撮った広場を見つけてつい嬉しくなる。1週間ではまったく足りない。
帰国の便はデモの影響で些か乱れた。運動には同情しているので多少の不便は覚悟していた。ヒースローを発つ朝には7時間遅い便への変更通知が来ていたが、香港空港の乗り換えで担当の職員や現地人に掛け合うと、どうやら本来乗るべきだった便も動いているらしく慌てて搭乗口へ。一旦は改札で弾かれるものの空席があったらしくキャセイパシフィックが調整してくれ滑り込む。今回はキャリーバッグを使わず100本以上のフィルムを全部リュックサックに詰めて移動してきたが、最後の最後でその甲斐があった。PENTAX67Ⅱ VOIGTLANDER APO-LANTHAR F4.5. ROLLEI ORTHO 25 PLUS/87本.