差し迫った展示の資材を用立てようと、最寄りの駅へ原付で向かっていた。前をゆく自動車が不審なタイミングでハザードを焚いて停車したのを訝っていると、前方の電柱が大げさに揺れた。足元が波打つ感覚をはじめて味わった。
ちょっと大きかったな、と進みはじめるも揺れは続いていたようで、右から左から人が道路に飛び出てくる。ずいぶん大げさだな。不安げな顔を縫って最寄りの駅へたどり着くが、電車も完全に止まっており、間歇的に蠢く陸橋の上でしばらく唇を尖らしてから踵をかえした。
家に戻ってテレビを見ると、津波が平地を進んでいた。上空のヘリコプターからの画像だ。時折火が出る。水に襲われているのになんで火が出るのだろう。あ、人が。車列があるけれど。一緒に見ていた家人が涙を流し「ああ」と叫ぶ。でもまだ追いつかない。そんなに感情的になるなよ、という眉根のほうが先に出た。
どれくらいの人が亡くなるのだろうという問いに「数万ということはないでしょう。数千でしょう。」と私は言った。失われる命、失われた命について想像することをよしている。
そのあとのことは、バタバタしていてすっきりとは覚えていない。伝えられるかぎりにおいて、原発の行方を家人が追っていた。翌日は様子を見ていたが、深夜に状況が悪化、早朝にこれはまずい、と近所の子も連れて西行きの新幹線へ。乗車率を危惧したがそれほどでもなく、子連れの方と「これはまずいですよね」。
怒りが湧き始めたのはここ数ヶ月。
目の前にあるものをかけがえがない、取り返しがつかないと感じ、それを写真に撮り収め、提示するということをずっとやってきたのだが、それをするにはまず平和でなくてはならなかったというあたりまえのことに向き合わなくては。
電線の束、木々の影、ガラスのヒビ、水面の動き、モルタルの肌理、隣人の指先。そういったあたりまえのことが美しいと思う。そしてそういったあたりまえのことを愛し、そこに真実を見出す資格を得るためには、このどうしようもない現実と向き合わなくてはいけない。そうじゃなきゃ嘘だろう。嘘を記録し続けるわけにはいかない。「これが本当だ」と言っているのだから。
目の前にあるものを「美しい」というためには資格が必要だなんてこれまで考えたことがなかった。
写真の純粋性を追い求めるという、ある意味遊びに近い活動に手持ちの時間や労力のほとんどを注ぎ込めるという幸福。その土台となっていた平時。その前にあった戦時。
私はずっと守られた場所にいて、その安心の中で育ち、生きてきた。ではなぜそれが可能であったか、与えられたのか。そこに向き合わないというのは嘘だろう。
まずなにより自分がはじめて具体的なテーマに取り組もうという心境になったことに驚いている。これまでどこか日和見的で、楽観的に生きてきた姿勢を問われているように、考え方が変化してきたのだ。私はいまのこの事態に対して有責であるという感覚が生じている。レヴィナスもそんなことをいっていた。この有責であるという感覚を時間的にも空間的にも広め、強度を増してゆかなくてはいけない。
これまでもたくさんの写真家が取り組んできた戦争というテーマではあるけれど、自分のやりかたで取材を進めて行きたい。まずは近場の戦争遺構をあたってゆきたい。