Daisuke Morishita
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時間の色

その時。差し迫った個展の材料を用立てようと、原付で最寄りの駅へ向かっていた。何度も行き来した道のりをゆく頭は平板でとりとめがない。図書館前のゆるい坂道をぼんやり上っていると、前の自動車が妙なタイミングで停車した。危ないな、と訝う目先の電柱が大げさに揺れる。足元の地面が波打つ感覚をはじめて味わう。それでも、すこしいつもより大きかったなと思うだけでふたたび進みはじめる。感覚が鈍って大きな危険を察することができない。もしくは感じ取らないようになっている。揺れはなお続いて、右から左から不安げな顔で道路に飛び出てくる人たち。それを縫って駅へとたどり着くが停電しており暗く、電車の運行掲示板も死んでいる。間歇的に揺れる陸橋を横目に電車が動き出すのをしばらく待ったが、運転再開のめどが立たないというアナウンスを聞いて踵をかえした。周辺の店舗からも照明が消えてひっそりとしていた。

家に戻ってテレビを見ると、津波が平地を進んでいた。上空のヘリコプターからの画像。時折火が出る。水に襲われているのになんで火が出るのだろう。あ、人が。飛沫の先に車列があるけれど。一緒に見ていた家人が涙を流し「ああ」と叫ぶ。でもまだ追いつかない。そんなに感情的になるなよという眉根のゆがみが先に出た。どれくらいの人が亡くなるのだろうという呟きに「数万ということはないでしょう。数千でしょう。」と私は言った。これから失われる命、すでに失われた命のひとつひとつについて想像することができない軽率さ、愚かさ。
しばらく伝えられるかぎりにおいて家人が原発の行方を追っていた。2、3日は様子を見ていたが深夜に状況が悪化、早朝のニュースに映る東電担当者の顔色が黒ずんでおりこれはまずい、と慌てて西行きの新幹線へ。物事は”良い方向”へ向かうのだろうというおぼこさは潰え、その瞬間から時間の色が変わってしまった。

目の前にある具体的な事物に普遍性を見出すために制作を続けてきた。電線の束、木々の影、ガラスのヒビ、水面の文様、モルタルの肌理、隣人の指先、顔、月、皺、雲、そんなあたりまえの存在をいちいち美しいと思う。だが、あたりまえの存在を愛すにはまず、平和でなくてはならない。

私はずっと守られた場所にいて、安心の中で育ち、生きてきた。なぜそれが可能であったかということに向き合わないできた。平和を享受するには資格が必要だなんて考えたことがなかった。写真の純粋性を追い求めるという、ある意味遊びに近い活動に手持ちの時間や労力のほとんどを注ぎ込めるという幸福。その土台となっていた平時。その前にあった戦時。きな臭さが増す昨今、戦争のあったころまで自分の想像の範囲をのばさなくてはいけないと切実に思うようになった。

祖父は戦中飛行機乗りで、死ぬ間際に見舞ったとき、当時の訓練で橋の下を飛行機でくぐったという話を突然してくれた。捕虜を処刑する時は、誰が殺したかわからないように皆で一斉に撃った。敗戦の直前、大陸から逃げる上官を飛行機で運んだ。足がつかないようにか行き先は告げられず、ただまっすぐ飛べと命ぜられ、覚醒剤を打たれながら何度も往復した。利用価値のある兵士だったから生き延びられたのだろう。一緒だった母も、戦争の話なんてまったく聞いたことがなかったのにと驚いていた。それがつい数十年前のこと。たった二世代しか経っていない。

国のかたちを変え、ふたたび戦時を招きよせようとする者がいることに強い怒りを覚える。

時間は単線的に進むものではない。これまで積み重ねられてきた時間と、今を生きる人の生み出す時間が織り成す実体なのだ。それをひとつの色に染めることは決してできない。

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