今年もゼミを担当する東京綜合写真専門学校の学校案内パンフレットに「講師の声」として制作中の作品とあわせ短い文章を寄せました。新入生向けの簡素な内容ですが、その分自分が創作/表現行為に対して求めているものが露わになっています。卒業後20年以上を経た今でも根っこの部分は変わらないんだなと改めて思った次第。
創作行為とは、魂の一部を差し出すようなものです。ただ、最初はそれをどこの誰に、どのように届けるべきかわからず躊躇うことでしょう。しかしこれらの問いに確かな答えが用意されている必要はありません。ゴールが曖昧で、先の見えないこともよくあります。ただ、そのような状況にも関わらず歩みを進められるのが、写真というメディアの強みなのです。何を撮りたいのかよくわからないが、手を動かす。街に出てみる。人と会う。移動と観察を続けるうちに、きっと自らの感性に訴える対象と巡り合います。それはあなたに具体的な距離や角度、範囲を厳密に要請するでしょう。
ここでは行為/運動こそが撮り手を導きます。制作者が被写体に対し高い強度で集中すればするほど、主体と対象が分離できない次元が現れます。それは写真を通じた新しい空間の創出です。写真的な公共空間と言ってもいいかも知れません。
私の授業で伝えたいのは、このような空間の成り立ちを深く理解し、そこに独自の座標軸を見出すことの重要性です。作品制作を通じ、いま自分の魂がこの世界のどの辺りに位置しているのかを朧げながらでも把握することができれば、その事実は各自の今後の人生における橋頭堡になると信じています。